細川久恵オルガン・リサイタル vol.9

 

水 鏡 

 

―ときの戯れ―

 

オルガン、舞、照明・映像のコラボレーション

 

20161126日(土)

 

神奈川県民ホール・小ホール

 

 

3,000円(全自由席)

 

 

主催)     新オルガンプロジェクト 光・風・音

 

 

 

共催)     神奈川県民ホール【財団法人神奈川芸術文化財団】

 

 

 

後援)     公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団

                  読売新聞横浜支局/TVK

 

 

 

協力)     よこはま市民メセナ協会

 

 

 

出演)      細川久恵(オルガン)

         遠田 修(舞)

                   中山晃子(美術)

 

 

 

スタッフ)    北川聡(デザイン/アートディレクション)

         寺田京子(マネジメント) 

 

 

 

デザイン・制作)(株)スウィッチ

 

 

 

企画のねらい

 

 

今日、あらゆる伝統文化は、それらをいかに継承し次世代に託すかという課題を抱えています。

ここで改めて「伝統を守り、現代に生かす」とは、具体的にどういうことなのかを考えてみます。

そこには相反するふたつの態度があります。

まず「伝統を守る」においては、その成り立ちや背景を知り、できるだけそれに近づけるように復元し、伝承された形式を変えないこと

次に、「現代に生かす」においては、さまざまな方法が考えられます。例えば、新作を創ること、また、自国や地域の現代文化や多民族の文化との融合、あるいは、継承されたものの本質は変えずに新しい切り口を提示してみせること、などがあります。

いずれにしてもそれは、何かを変えることを含んでいます。

この禅問答のような問題をわたしたちはどのように乗り越えていけばよいのでしょうか。

 

◆オルガン、舞、美術(照明・映像)のコラボレーション

 本企画においては、フランスと日本の20世紀のオルガン音楽と、日本の伝統文化である能の舞とのコラボレーションを、照明・映像が創る時空間の中で試みたいと思います。

単なる東西文化の融合に留まらず、それぞれの伝統様式や世界観を鏡にして互いを見つめ、その視点を演じることを目指したいと考えます。

聴覚と視覚が由って立つ「時と場」を、ある創造の瞬間の背後に広がるものと捉え、その変化し固定化されない時空間で、演者と演者、鑑賞者のまなざしがゆるやかに交差する、新しい音楽・身体・視覚芸術の表現に挑みたいと思います。

 

オルガンと能

 オルガンは、初期には古代思想に基づいた宇宙の構造や世界の秩序を音楽の要素に取り入れ、調和を表しました。

ルネサンス以降、音楽のモチーフはより人間的で多様なものとなり、神と人間という対比の考えも音楽に取り入れられました。

近代に入り、表現は既成概念から解放され、それまでの制約を超えて新しい実験的創作が多くなされ、個性の時代を迎えることとなりました。

 一方、は平安時代に大陸文化との融合から生まれ、それに続く鎌倉時代には演劇的な演目や神社で祭儀の一端を担うものとして発展してきました。

その世界観は、多自然主義の日本の風土・文化に根差しています。

あらゆる自然の中に神を見出し、見えるものと見えないもの、時間や場所が自由に行き交う幻想世界の感性を基盤に、簡素でありながら世界を内包する形式美を極めていきました。

 

モチーフその1…「場」

 この両者に見る共通点のひとつは、演奏する、また演じられる場と人との関係にあります。

抽象化された空間の中に人間が位置して、五感を通じ時空を超えて世界を往来します。

教会建築や能舞台とは、現実を離れ音楽や能と一体となる特別な空間です。

 

モチーフその2…「身体性」

 「‘人が何かを経験する’というのは、精神によってではなく身体によって経験するのだ。」とメルロ=ポンティ(19081961、仏哲学者)は著書『知覚の現象学』(1945)の中で言っています。

すなわち、「絶対的な真理が先にありそれを発見するのではなく、身体は世界を全体的に捉え、思考し、認識となる。

見えるものの背後には見えないものが隠れている。

そして、心は常にある状況の中で生きている。」と、彼は考えます。

オルガン音楽はまさに、時の流れとともに変化する空間の中で体験されるものといえましょう。

 世阿弥(13631443)も『風姿花伝』の中で、演者はその場の観客の様子を察知し、能の進行や演じ方を変えるようにと教えています。

そうすることで演者と観客は一体となれるのです。また、この理論は音曲、言葉、所作相互の関係性や表現法にも適応されます。さらに劇構成においては、複数の時間軸と場の想起があり、演者とともに観客もそれらを行き来します。このやわらかな「身体と世界」の捉え方は、フランス近代思想や行動学などと通じる点が多いように思われます。

 

モチーフその3…「光・水」

 本企画では、象徴主題として「光と水」を取り上げました。

生命の源である光と水―人は太陽によってもたらされる「光と闇」を見つけ、そして自らの知恵をもって「火」の文明を生み出しました。

また人は、天から降る一滴の水が集まる川や海、湧き出でる泉にさまざまな風景が写し出されるのを見ます。

恵みと、時には災いをもたらす「光と水」を、人は神秘の存在として崇め、また畏れてきました。

そしてまたそれらは、多様な風土の中で、思想や芸術に霊感を与えてきたのです。

 

まなざしの交差~新たな表現へ~

 ルネサンス時代のヨーロッパでは地域間の交流が盛んとなり、さまざまな文化も行き交いました。

それによって他の文化を自らの文化に取り入れ、それらを統合する試みもなされました。

さらに植民地時代には、世界の多様な文化に触れました。

レヴィ=ストロース(19082009、仏社会人類学者、民俗学者)は、他の文化を観察しているとき、自らも観察されている者であることに気付きました。

そして複数のまなざしとの関係性の中で自己や自国の文化を捉えました。

 能の登場人物の中にも複数のまなざしがあります。

神、鬼、霊といった存在は、ひとつの物事を多角的に見るまなざしの役割を演じています。

一方通行ではないこれらの視点は、相手のまなざしを演じるという新たな表現の可能性を秘めているように思います。

 

 

◆まとめ

 「伝統を継承し、現代に生かす」という課題に取り組むとき、現代の私たちは、テクノロジーやメディアの発達とともにますます多様な表現の可能性を手にしています。

しかし送り手は常に、一方的に自らの表現を投げかけるのではなく、あくまで受け手の想像力への働きかけがなければならないと思います。

見えるものの背後に広がる見えないものを想像することで実現される「時と場」―このやわらかな共同作業があってはじめて、表現に生命が吹き込まれるのではないでしょうか。

本公演を通して、私は、異なる文化が互いのまなざしを交差させることで、新たな発見と創造の瞬間をもたらすことに期待したいと思います。

 

 

<プログラム>

 

【第部】

 

.Louis Vierne(1870~1937)    L.ヴィエルヌ

Pièces de Fantasie       幻想小品集より 

 

   Cathédrales

(Pièce de Fantasie Suite 4,Op.55-3)

カテドラル(第4巻、作品553 

   Naïades(Pièces de Fantasie Suite 4 Op.55-4)

水の精(第4巻,作品55-4)

Feux follets(Suite2,Op.53-4) 

鬼火巻、作品534

Clair de lune

(Pièces de Fantasie Suite 2 Op.53-5)

月の光(第2巻、作品535)

Fantômes(Pièces de Fantasie Suite3  Op.54-4) 

   亡霊3巻、作品544

 

Hideo Mizogami(1936~2002)  溝上日出夫 

   Musik an die “Unchu Kuyo Bosatsu

《雲中供養菩薩》楽  

 

  

【第2部】

 

Atsutada Otaka(1944~)   尾高惇忠

Essai pour Grand Orgue1973  

オルガンのためのエッセイ 

 

Olivier Messiaen(1908~1992)   O.メシアン

Les corps glorieux,sept visions brèves de la vie des Ressuscités

栄光の御体」復活のつの短い幻影より 

 

 

       1.Subtilité des corps glorieux   (.)

            栄光の御体の透明さ

       4.Comba de la mort et de la vie         

            死と生の戦

       5.Force et agilité des corps glorieux

            栄光の御体の力と敏捿さ

       7.Le mystère de la Sainte Trinité  (.)

            聖なる三位一体の神秘

 

共演者プロフィール

 

遠田 修(舞)

 

観世流能楽師シテ方。日本大学卒業。昭和55年梅若万三郎家入門。

公益財団法人梅若研能会評議員、日本能楽会会員(重要無形文化財総合指定保持者)、観世流準職分。

昭和60年「吉野天人」にて初シテ。「道成寺」「望月」「白橋」「乱」等。

さいたま市、都内目黒区、大田区などを中心に能の普及に努めている。

また、海外公演や新作にも積極的に取り組んでいる。

 

 

中山晃子(照明・映像)

 

東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻領域卒業、同大学院修士課程修了。

色彩と流動性によって、うつろいゆく現象を絵画として描くアーティスト。主な活動である "Alive Painting « では様々な性質を持つ液体を扱い、要素の流れがもたらす美的な快楽と、見る者に様々な景色や生命を想起させる。

近年では、色の差異を即時的に画像解析、デジタル処理することによって音を発生させるカラーオルガンシステム "Fluid2wave"をエンジニアと共に開発し、音も絵も同時に奏でるパフォーマンスを行う。パフォーマンス、写真、映像、と扱うメディアは多岐に渡るが、一貫して多種多様な原因と結果を描き、混ざり合う境界の生き生きとした姿を描く。

鼓童、坂田明、灰野敬二ほかジャンルを超えたアーティストとの共演や、六本木アートナイト2014SUMMER SONICへの出演、他。

TEDxHaneda,Audiovisual Media festival 2015(台湾)等、国内外問わずさらに活動の場を広げている。