世界・日本で感染拡大第2波・第3波  126日はやぶさⅡカプセル帰還

 

Part8  ~音の文様~
 
 
<星降る夜>
〔ビザンティン・モザイク天井〕  ラヴェンナ
〔ビザンティン・モザイク天井〕  ラヴェンナ

古代アッシリアのロゼットと呼ばれる花模様はキリスト教世界に伝わり太陽や星を表しました。

 

世界では感染拡大に歯止めがかからず、再び外出制限などの措置が取られています。日本でも感染者の増加傾向が続き医療現場の緊張が高まっています。このため、年末年始のイベントや帰省の自粛を呼びかけ、街は例年のようなクリスマスの飾りもなく閑散としています。この景色は、私たちの精神にどのような影響を及ぼすのでしょうか。環境の中で生きている私たちにとって、装飾は生活を潤し生きる力を与える大切なものです。子供たちは、折々の行事の美しいものに出会うことによって、豊かな表情や想像力が育まれ、夢をもつようになるでしょう。行動を自粛するためとはいえ、色彩のない世界で生きることは、人と人とが触れ合うことができないのと同様にとても不自然なことではないでしょうか。しかし私たちは今、この冬の空の下、その試練を乗り越えなければならないのです。
 
先史・古代から、人間は身近な動植物や自然、天空など、感受したものを表し、共同体と分かち合ってきました。対象物を抽象化し図像にすることは単なる描写ではなく、そこには自然への信頼や人々の世界観、死生観、民族の連帯など、それらの象徴と繁栄の願いが込められていました。「心に留まったものを自らの手で再現したい」と思ったとき、それが「創作」の第一歩となったのでした。そして、漠然としたものを抽象化し模様や図案にし、‘宇宙の無限’といった抽象的なものを連続や反復で表すことで、それは「表現」に発展していきました。
 
 音楽を記す「記譜」も、紀元前の古代エジプト、古代ギリシャ、古代中国などで象形文字と音声記号を用いてすでに体系化されていました。発掘された墓や道具などに刻まれた文字や絵から、音楽やそれを記す方法があったことが分かっています。そして、長い歴史の中で音楽は常に装飾をまとって来ました。音楽を取り巻く他の装飾とともに、目と耳から私たちをそれが生まれた時代へと誘います。ここでは、様々な時代の音楽を装飾とのコラボレーションによってその移り変わりを辿ってみたいと思います。
(装飾写本〕  フェッラーラ
(装飾写本〕  フェッラーラ

ステンドグラスと共にキリスト教を彩る宗教美術。色彩や金泥を施した文字、挿絵、模様は荘厳な様式を持っています。

 

◆神への捧げもの
 
 中世の教会や修道院の典礼で歌われていたのは、単旋聖歌と呼ばれる伴奏なしの一本の旋律の歌です。独唱または斉唱で歌われるその節回しは、口伝によって継承されていました。そして9世紀に、これを唱えるための表記としてネウマ譜という記譜法が現れました。祈りの詞の上に線、曲線、鉤型曲線を付けて旋律の抑揚を示しました。それはやがて一直線上ではなく、上下に波打つ形となり音の高低も表すようになりました。こうして単旋聖歌は歌としての表現を拡張し、旋律や歌詞を加えることや、声部を複数にすることで一層荘厳な光輝を表すようになりました。やがて、四角やひし形を線に書く楽譜の原型が生まれます。修道院は学問を教える場でもあり、僧たちは祈りと共に写本を日課としていました。歌の進行が一目でわかる図表は、写本の装飾と合わさり非常にグラフィック的でもあります。装飾写本は今日に伝わっており、われわれはそれを見ることができます。その際技術の高さや美しさに目を向け勝ちになりますが、その装飾は、祈りの言葉を乗せる聖歌と同様に「神への捧げもの」という目的に向かっていたことを踏まえて捉えることが重要です。
〔サン・マウリツィオ教会〕  ミラノ 
〔サン・マウリツィオ教会〕  ミラノ 

後期ルネサンス/マニエリスムの天使像が描かれたオルガン・ケース。

 

ルネサンス期にはイタリアを中心として、都市の発展と共に学問・芸術が高められました。理性に基づき調和をもたらす教会音楽は、均整のとれた多重構造の美を追求しました。一方、美術や世俗音楽では人間の情感を肯定し、物事の形容には感情が呼応する表現も用いるようになりました。この一見反対に見える方向は、イタリアの教会に見る特徴にその整合性が表れています。合理性を示すシンプルな外観と、人間味豊かな内部の壁画や装飾、そして天界の秩序と人間に寄り添う音楽の響きに包まれるとき、この空間がルネサンスの精神を見事に体現していることを感じるのです。

 

〔スクォーラ・ディ・サン・ロッコ 大同信組合〕  ヴェネツィア
〔スクォーラ・ディ・サン・ロッコ 大同信組合〕  ヴェネツィア

カルトゥーシュと呼ばれる渦巻き状の縁飾りは古代ギリシャに由来し、ルネサンス後期からバロック期に発達しました。

 

◆ドラマを求めて
 
 バロック期は、絶対王政と教会の絶大な権威の下、豪華絢爛な文化が展開しました。そしてルネサンスから引き継がれた人間への関心から、感情の表現に重きが置かれました。音楽ではオペラが誕生し、また器楽の特長を活かした合奏が新しい響きをもたらしました。イタリア以外の諸国は互いに影響を受けながらも、国家の在り方に対する考えや、宗教改革を通して変化した精神的基盤に立って、音楽もそれぞれに発展していきました。J.S.バッハは宮廷と教会の両方で活躍しましたが、それぞれの要請に応じた使い分けをするのではなく、自らの信念のもとに伝統の作曲法を深めることで音楽の普遍性に迫っていきました。
 
バロック期の音楽には装飾音は欠かせない要素です。主軸となる音楽に付けられた様々な装飾は、前の時代までは習慣的に演奏者によって入れられていましたが、次第に作曲の一部として楽譜に記号で書かれるようになりました。それは、音符の前に音を付ける、前後の音を反復させる、ターンさせる、音程間を滑らせる、などダンスの振付のように色々なニュアンスを与える役割を持っています。その装飾法について初めて理論化したのは、J.S.バッハの次男であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハです。その「装飾音概論」の冒頭で彼は、「装飾音は音符をつなぎ、生気づけ、強調や重みを与える。悲しみ、喜びなどの感情を助長し、旋律を美しくする。装飾音によって平凡な曲を起き上がらせることができる一方で、装飾音がなければ音楽は空虚で無味乾燥となる。」と述べています。  
 
装飾音は、奏者に音楽の内容を示しその本質へ導く大事な要素です。こうして装飾音は、中世の時代の‘言葉を飾るもの’から、建築・美術の装飾とともに、音楽そのものと一体化した不可欠な存在へと発展し時代を彩りました。
〔ノルマン王宮〕  シチリア
〔ノルマン王宮〕  シチリア

ギリシャ神話からとったモティーフは、新古典主義では文学や絵画のテーマとして描かれました。

◆理想と未知なる世界への憧れ
 
 バロックの感情過多な劇的表現やドイツの複雑になり過ぎた多声音楽の対位法に息苦しさを覚えた人々は、別のスタイルを求めるようになりました。突出せず理想化された感情は自然と共にあり、美と調和への夢をもたらします。また、弦楽が中心であった合奏は、管楽器を含むオーケストラへと発展し多彩な構成が新たな響きを生み出しました。この古典主義はゲーテやシラーらによるドイツの文学と呼応し、やがて超自然的なものへの憧れに繋がっていきます。
 
 神秘的な世界を求めた芸術家は、その題材を中世の文学「ロマンス」に求めました。そしてベートーベンが、‘言葉を越えた世界を音楽のみで表す’という新境地を開いたのでした。ここから19世紀ドイツ・ロマン派がひとつのピークを迎えます。

 

〔市民会館 ミュシャの部屋〕  プラハ
〔市民会館 ミュシャの部屋〕  プラハ

オリエント風の装飾は、19世紀後半ウィーン万博、パリ万博の出展、受賞を機に一世を風靡しました。ミュシャやラリックに代表されるアールヌーヴォーは西ヨーロッパの暮らしを豊かに彩りました。

 

 チャイコフスキーやシベリウスに代表される東欧や北欧の作曲家たちは、ロマン主義の中に民族的なものを表していきました。民族音楽を前面に押し出すのではなく、民謡の旋律やリズムなどの要素を西洋音楽の様式に取り入れたのです。西洋では東方の文化に対する憧れがあり、これらの創作は新しい風を巻き起こしました。美術工芸、装飾でもアールヌーヴォーは爆発的な人気を博し、戦前の豊かな文化の象徴となります。そしてこの刺激は、西ヨーロッパの芸術家が自国の民族文化の独自性を追求するきっかけとなりました。
◆近代都市の光と影
 
20世紀の新たな音楽の扉を開いたのはフランスの作曲家でした。伝統的作曲法から音楽を解放し、素材や色彩としての音の扱いという考えに基づき、音の断片をつなぎ合わせる印象主義の音楽が生まれました。ルノアールの光、モネの点描などと同様、ドビュッシーに代表される音楽は色彩と光を想起させ視覚と聴覚の越境をもたらしました。
 
 しかしニ度の大戦を経た20世紀は、芸術文化にとって悲惨な時代でした。音楽においては、ある意味‘新たなものを生み出すことは過去の否定’からの出発でありました。その試みも長くは続かず、現代は各時代の文化の価値が再認識され、個人の好みやTPO に合わせて選択するというやり方になっているようです。また、地球の裏側で発信した小さな情報が、瞬く間に世界に広がるというようなスピードとヴァーチャルの世界に私たちは生きています。新時代を彩るのはどのようなものなのでしょうか。
〔クリスマス飾り〕  パリ・ギャラリーラファイェット百貨店 2014
〔クリスマス飾り〕  パリ・ギャラリーラファイェット百貨店 2014
今私たちはコロナ禍で試練の時を過ごしています。夜空の星が一年で一番光り輝くこの季節、静かに、そして心を豊かに飾って、新しい年への希望を祈りたいと思います。
 
202012.12.細川久恵
Photo :細川久恵
 
参考文献:
 
◆総監修―柴田南雄・遠山一行『ニューグローヴ音楽大事典』 講談社、1994
 
C.P.E.バッハ著/東川清一訳/辻 壮一・服部幸三監修『正しいピアノ奏法』 全音音楽出版社、1963
 
◆近藤 譲著『ものがたり西洋音楽史』 岩波書店、2019
 
◆鶴岡真弓/編著『すぐわかるヨーロッパの装飾文様―美と象徴の世界を旅する―』 東京美術、2013